神田真澄の氣ままな話 in 明光武道 深雪館

明光武道 深雪館 道場主のブログ

日本拳法回顧録3 〜壁を乗り越える〜

久々に日本拳法の話をしましょう。

 

日本拳法の公式戦デビュー以来、連戦連勝で15歳でマンモス大会の龍峰杯(特に段外の部での優勝は野球でいう新人王的な栄誉ある大会)や翌年には全日本社会人選手権の個人初段の部優勝(産経グループの新聞などにも掲載される大きな大会)など数大会優勝を連ねてきた中で、初めての壁を味わった二段戦、全国高校選手権、そして全日本社会人選手権の団体戦に昇段試合の二段戦。

16歳の後半からは、調子が悪いわけではないし、練習も十分してるけども勝てない、悩む、練習試合では勝つのに公式戦では納得のいく試合にならない、というように目に見えない壁に苦しみを初めてもがきました。

 

そもそも、高校にクラブがあったわけではないので、一般の道場に通うことで日本拳法を続けていた私は、やはりクラブ所属の学生たちや、毎日道場がオープンされてる大きなメジャー道場の人たちと比べてやはり練習量に差がありました。

進学校に通いながら、週二回の道場での練習が基本だったので、残りの日の毎日を拳法漬けの自主練を課し、チャンスがあれば出稽古に行けるような環境下でしたが、なかなか壁を越える、そして何が足らないのかがわかりませんでした。前にも書きましたが、せっかくの進学校にいながら拳法ばっかり考えているっていう、ある意味アウトサイダーでしたね笑。

 

そんな私を救ってくれたのが、瞑想です。

私の家は古神道でしたので、神床があります。

というか歴史ある日本の道場は基本的には道場に神棚が祀られていましたが、最近は道場というより格闘技ジムのように無機質な寂しい感じになってしまい、日本古来の道が感じれなくなっていますね。

話戻して、ご神前で独特の瞑想をしていましたので、その方法は内緒ですが笑、そこで自分の心の奥底の弱さを知ります。

それは、本当の自分はわかってはいるけども、認められない、認めたくない、それを元に現状を維持できている、など自分自身の言い訳故にそこを見ないようにしてきた弱さ。でもそれがあったから今までやってこれたのもある。それを冷静に見つつそれを認める、受け入れる、そして自分で正していくことを時間をかけて行う。自分を信じて。その後の未来を信じて今、正していく。

そうする時間が、正しい方向へ行ってることには天が導いてくださるごとく、そうすることで私の拳法は変わっていき、それは確実に実感できました。核は技術ではなく心だったのです。

日本拳法のシンボルマークは九つの心得があります。拳心技法道術身力氣の要素があり、まさしく心であり氣であったことを修行させていただいたと思います。

そうして、もちろん拳法の練習はミッチリと重ねていきながら、心・氣もしっかりと練っていかことにも努力を注ぎました。

 

そして、17歳になったばかりで迎えた昇段試合。結局一年の間、確実といわれながら取得できなかった二段戦です。

たまたま前日に発熱し、無理を推しての出場です。兄がセコンドについてくれ、リラックスして欲を出さず、純粋に戦ってくる、その心で試合に臨みます。

結果は一瞬にして一人目を抜きます。流石に決め技は覚えてません笑。突き胴は覚えてるかな。ただ、最短時間で抜いた記憶があります。そして二人目。これも一本も取られることなく華麗に抜いて二段戦を連続勝ち抜きで取得に成功します。

発熱のために力が抜けてて、ダメ元で出たから無欲で勝てたのでは?との声もありましたが、自分の中で今回の壁を超えて見えた、試合への臨み方が自分にはありました。

 

そこからレベルも上がっていくので、当然おいそれとは簡単に勝ちを修めれないですが、それでも順調に強さを養っていきました。そうして当時、高校では全国(世界)に二人しかいない現役高校生で三段を取得するという偉業へと繋がっていきます。その後に、進学校出身というのもあって、道場へ多数の有名大学から推薦が来ることに繋がっていきました。

 

今日はこの辺で。

 

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写真はチーゴンフィットネスという氣功メソッドの一環で武道エクササイズを教えてます。全身を使っての有酸素運動は脂肪燃焼に役立ちます。楽しそうに行う生徒さんは皆スッキリ❗️