神田真澄の氣ままな話 in 明光武道 深雪館

明光武道 深雪館 道場主のブログ

日本拳法回顧録5 〜全国高校選手権大会 後編その1〜

久々に日本拳法の続きを書きたいと思います。

 

前回は全国高校日本拳法選手権大会の試合一週間前に利き腕の右手首を負傷した話からだったと思います。

 

その日の練習終わりの道場からの帰りに、目の前が真っ暗になった私は、とにかく"どうする⁉️"の言葉しか頭に浮かんできませんでした。もちろん、ケガをおして出場はするつもりでしたが、優勝を真剣に狙ってたし、事実掴める位置にいたので、これでは勝てない、いや必ず勝ってやろう!と思いながらも、実際そんな甘くはない、利き腕の得意のカウンターストレートが使えない、無様な試合を見せるなら勇退棄権?などいろいろ頭の中を巡ってきます。

 

すっかり肩を落として帰宅した私は、落ち込んでられるかいっと早速手首の治療にかかります。5歳から拳法をやってた、また武道一家で医者嫌いの実家は、経験から大体このケガだと何日かかって、どういう処置でというのが把握できてたので、まず腫れをひかすために特殊な湿布をします。神田家秘伝というか伝統医学のレシピで練った湿布剤を布に塗って、それを患部に巻いて固定します。固定する板も、ダンボールなどを棒状に固めて使います。民間療法的な処置で、幹部から腫れが引いたら、今度は温めます。ここがミソ!血流をよくすることで、自己治癒力を高めるわけです。でも、結局接骨院行っても結果的には一緒なんで、自分でこの方法を処置するのが一番治るんですわ。緊急の場合を除いてね。

 

そうして夜が明けて、悲壮感が漂わせながら高校に通学します。学校で手首の自作ギプスを見た友人から、どうした?試合大丈夫か?などの質問エールに、カラ元氣で応えながら、やっぱり棄権した方が!なんてことも考えたりしましたよ、実際。

 

でも、落ち込んでてもすぐに試合は迫ってたので、高校最後の全国大会ですから、強い心意氣で、出場する!という意思を固めました、もちろん笑。

右手以外の練習を続けながら、これで勝つ方法も考えながら、得意技を磨きつつ試合前の突貫練習と仕上げの調整練習を続けました。

 

そして迎えた大会当日。

奇跡的に治って…はいませんでした。ので笑、

当時の岡田師範に特殊な手首の固め方を施してもらい(兄もよくケガしてたので、お手の物でした。まぁ、それくらい激しい実戦総合格闘技のパイオニアなんです。だから警察の逮捕術や自衛隊徒手格闘技に原型として採用されてるわけですから。一時期はそのまま拳法をやってた背景があります。まぁ、ちゃんとやった人達にはわかる笑)試合に臨みます。

優勝候補の一角だった私はシード出場で2回戦から出ます。次に当たる選手の試合を見ながら、準備を開始します。あれだけ痛かった手首も、天の恵みかアドレナリン出まくりだからか、氣の力か痛みも半減して、無意識に右突き出るなぁとは思ってましたが、ワンデートーナメントなので、出来るだけ決勝までケガの状態を温存と思いながら、準備とともにイメージトレーニングを行います。

もうその時には、優勝して黄色い声をなんて思ってる暇もなく、ただただ今の試合に集中してカラダが熱くなっていくのを感じながら、試合に全ての氣・エネルギーを向けてました。

 

思い出しながら楽しく書いてるので、興奮してきて結構疲れる。笑

今日はこの辺で。

 

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写真は、当道場のグループ活動の一環で、格闘技クラブを主宰・指導してるSANDA CLUB Mzの所属選手の仲田・現プロ選手(写真中央)が、シュートボクシングの大会で優勝した時のもの。ベストファイト賞とのダブル受賞だったからメダルを2つ掛けてます!ちなみにわたしは各大会で優勝、入賞者を7人ほど育ててますので、指導面ではチャンピオンメーカーでもあります笑。