神田真澄の氣ままな話 in 明光武道 深雪館

明光武道 深雪館 館主のブログ

氣について2 〜瞑想から〜

前回の新聞記事の続きです。

是非ご覧ください。

 

 

武道で行う「瞑想」は、
氣を直接鍛錬する方法の一つです。

では、瞑想とは?

瞑想とは一般的に
「瞑目して、心を静め無心に、または想いをめぐらせること」
と定義されています(Wiki)。
仏教の禅が発祥との説もありますが、
諸説多々存在しますので、
今回はそこに焦点は当てませんね。

現代では「マインドフルネス瞑想」
といわれるメソッドに特化した瞑想が
よく研究材料として実践されていますね。
今では大企業のアップルやグーグルなどでも
社員研修として取り入れられてるのは有名な話ですし、
実際に瞑想を実践して成果を収めた著名人も多く、
ティーブジョブスやビルゲイツ、マドンナをはじめ、
日本でもJALを再生させた稲盛和夫氏や
サッカー日本代表長谷部誠選手など。
世界的有名なバスケット選手のスーパースター
マイケルジョーダンや彼の所属チームが
レーニングプログラムとして「瞑想」を実践して
チームを優勝に導いた話も海外では話題になりました。

マインドフルネス瞑想は
もともとは「念」という意味で、
発祥はマサチューセッツ大学
ジョン・カバット・ジン博士が
慢性鈍痛患者や精神症の患者を対象に行った
マインドフルネスストレス低減法が
始まりと云われています。
瞑想することで、
痛みが軽減されることを実験によって実証し、
それが広まっていった背景があります。

東洋では古来より
武術と医術は根本は同じ理論という
「武医同術」の考えがあります。

武術のメソッドを
武術的に実践すれば強健な身体となり、
それを養生的に健康法として実践するならば
長寿の源ともなりという考え方です。
そのメソッドの中の重要な一つの分野
が「瞑想」・「禅」なのです。

瞑想の効果は、現在様々な研究機関
UCLAやエール大学、マサチューセッツ大学などはじめ世界の研究機関)
で実験が行われ、もう約半世紀も経っています。

1970年頃から
瞑想について本格的に研究が行われており、
エビデンスをもって
瞑想の身体への有効な効果を続々と発表しています。

何点か実験結果をピックアップしてみましょう。
(字数の関係上、結果のみを数点書きますね)

・瞑想を実践することで、ストレスホルモンの分泌を抑制できたこと。

・体温が一度上昇し、その結果免疫活動が盛んになること。

・心拍数が下がっていくが、それに反比例して循環血流量は増幅すること。

・高血圧の患者群が瞑想を実践することで血圧低下に繋がっていったこと(アメリカ心臓医学会)

・長寿遺伝子に関わるテロメアの老化を防ぐことで、アンチエイジングに繋がること。
テロメア:染色体の末端にキャップのように付いている構造体。染色体は細胞分裂するが、テトメアは細胞分裂せずにどんどんと短くなり、なくなると死んでしまうことから、命の回数券とも云われている。)

・2年瞑想を実践すると実践していない群を比べ5歳若返り、5年続けると10歳若返る結果が見られたこと(アメリアンチエイジング協会)

大脳辺縁系への直接的な刺激により直観力が強化されること。
(日々の経験より学習しハードディスクのように大脳新皮質においてデータ化された”既成概念”によって、直感的に浮かんだ発想も、その既成概念のデータによって自らその発想を捨ててしまう現代人に、ビジネス界で注目を浴びたのが瞑想。瞑想を実践することで、大脳新皮質ではなく、直接大脳辺縁系(本能を司る)を刺激し、直観力が強化される。)

・不安や強迫観念からポジティブな影響をもたらしたこと。
(瞑想を数分間実践するだけで、被験者の不安を約40%取り除くことができた。さらに脳スキャンでは思考と感情を司る”前帯状皮質”と不安を司る”腹内側前頭葉前部皮質”が、より活発になったことが明らかにされたこと。)

など、さまざまな方面で研究が行われています。
もちろん、このような実験結果は興味深いですし、
まだまだ未知の効果があると考えられます。

上のように「瞑想」の身体への“効果”は
エビデンスをもって証明されており、
海外を中心に実践者が増えているのも事実です。

ここでは、
上のような”効果”を求める「瞑想」ではなく、
最初にお話した「氣」の考えから
「瞑想」を考察したいと思います。

科学的に「瞑想」を解き明かす、
またエビデンスにより「瞑想」を知ることも
興味深く面白いですが、
本来古来から伝わる「瞑想」の核は
そこにあるのではないように思います。

もちろんそれらの効果も貴重ですし、
また付随もしてきますが、
元々はそれを目的として実践されていたのではなく
あくまでも自己を「内観」することに
重点を置いて実践されていたと思います。

少なくとも、我々の道場でお伝えする「瞑想」は
これからお話することに主眼を置いています。
 
「瞑想」の核は「自分を見つめ直す」ことなのです。

「冷静に今の自分を内観する」こと。
 
今の自分を一旦立ち止まって、
しっかりと見つめ内省し、そして正していく。
その過程を繰り返すことで養っていく
自分自身の”軸”を創っていくことが、
古来から云われる「肚を鍛える」ことなのです。

”自分軸”が定まってれば、
周辺で何が起ころうとも、
何をしようともビクともせず、
怖れもなくなります。
 
また、自身を見つめ直すことから、
自分を苦しめている”症状”から
改善できる可能性もあります。
これは東洋医学でいう
「心身一如」にも通ずること。

心の奥底にある”傷(トラウマなど)”は、
結局誰も治すことはできません。

薬でも外科手術でも、
またカウンセラーが心に手を入れて
治すことも不可能です。

それは唯一、自分自身で原因を探り、
すべてを理解して受け入れ、
癒し、正すしか方法はないのです。

その”傷”は、意識的に、
また無意識的に誰にでも存在します。

自分を見つめ直すことで、
その”傷”がなぜできたのか、
どうすればなくなるのか、
そのキーは自分自身が持っているし、
自分自身しか正解はわからなのです。

その原因を氣付かせてくれる、
解決へと手伝ってくれるのが「瞑想」です。

原因を受け入れ、正していく過程は
人によっては大変な作業です。
でもそれをコツコツと実践することで、
その”傷”は癒され、
それに呼応して身体の症状は消えていきます。
もちろん、肉体として身体の種々な要因
(悪食、運動不足、ストレスなどの生活習慣)
が重なって症状は発症しますが、
その主因の一つは
心にあるといっても過言ではないでしょう。

まだまだお話ししたいことはたくさんありますが、
それは次の機会にお話しできればと思います。

最後に私が一番伝えたいのは、
明光武道では「瞑想」とは”肚の教育”、
つまり「丹田(臍下丹田)」を
直接練る氣の鍛錬であるということです。

古神道でも古来より伝わる「鎮魂」は
”御霊鎮めの御技”として、
「瞑想」に近い形であります。
瞑想は古来より、
例えば「礼拝」という形で
大自然と人とを結ぶ時間だったのではと考察しています。

そうして、大自然の氣、
エネルギーと自分が繋がることで、
自身の力(氣)を根本的に高めていくことで、
様々な事象が可能になっていくのではと考えています。

これからの世の中の考え方は
目に見えない世界へ移行していくと考える一説があります。

これは幼い頃によく耳にした
「かごめかごめ」の歌の謎にも存在します。

かごめかごめ 
籠の中の鳥は 
いついつ出やる 
夜明けの晩に 
鶴と亀がすーべった 
後ろの正面だあれ。

(字数の関係上、解説しませんのでご自身で調べてみてください。面白いですよ。)

スサノオを指す後ろの正面。
出雲大社の本殿の後ろに高く聳える八雲山。
そもそも出雲大社はご祭神が大国主大神ではなく、
神素戔嗚大神であったのはご存知でしょうか。

実際に鎌倉時代から
江戸時代にかけては祀られていましたし、
現在でも本殿では
大国主は正面には祀られていません。

この歌にはいろいろな謎が隠されています。

諸説ありますが。
目に見える物質主義、
お金至上主義の考えから人類は脱却していき、
目に見えないけども大切なもの、
見たことがなくても存在する世界を感じ、
自然と共生する世界を目指していくべきであると、
この歌は伝えているとの一説もあります。

氣の考えは、
我々の今後の未来を導く大事なキーになると確信します。


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どうでしたか?

氣について、瞑想について

古の日本の氣の考え、そして東洋のメソッドが

少し垣間見れてましたら、何よりです。

また次回は、第2稿を載せますね。

 

今日はこの辺で。

 


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写真は瞑想セミナーで、椅子式瞑想の実践中。

 

氣について 〜武道の観点から〜

今回は、内海医師が主催している、本当の日本を取り戻すメール新聞に掲載された記事を載せようと思います。まだ、読んでらっしゃらない方など、是非ご一読くださいな。

これは第一回目の投稿のもので、氣についてのものです。

 

 

■■■本当の日本を取り戻すメール新聞■■■
~あの人に聞きたい業界の舞台裏と対策~

ご購読ありがとうございます。
『本当の日本を取り戻すメール新聞~
あの人に聞きたい業界の舞台裏と対策~』
の第113回目の配信です。

このメルマガは昨年2016年3月26日に
日本再生プロジェクトの活動の一環として、
日本一悪名高き医者のうつみんこと内海 聡と、
うつみんが信頼する各業界の識者の方々にご寄稿いただき、
識者の方々の知っている業界を中心に、
その舞台裏と、日本をよくするためにはどうすればいいか?
どうすれば本当の日本を取り戻せるのか?
を語っていただくためにスタートいたしました。
ぜひご熟読いただき、
皆様の生活、知識、活動に
お役立ていただければ幸いです。

現在の登録者数は当初の目標の50000人となりました。
ご購読いただいている皆様に感謝の意を申し上げるとともに
引き続き、10万人を目指して
普及にご尽力いただくようお願い申し上げます。
よろしくお願いいたします。

★このメルマガは無料配信ではありますが、その道のスペシャリストの方が無償で執筆くださっている貴重なものです。
無断で他への転載はお控えくださいますようお願いいたします。
今回のご寄稿は
道家代替療法家の神田真澄さんです。

 

内海のFBアカウントが自民党総裁選終了直後に
また停止となりました。
今後の勉強会情報も載せておりますので、
最期まで目を通してみてください。

よろしくお願いいたします。


■神田真澄■
明光武道 深雪會グループ代表 宗師範
食制体型研究所 主幹
明光武道 深雪館 主宰
Qigong Fitness Studio/Sanda Club Mz 宗師範

 


◇氣について考える◇

 

こんにちは。
私は武道家代替療法家として活動しております
神田真澄と申します。

明光武道(めいこうぶどう)という、
古の日本に存在した氣の考え方や文化、
そして武道を現代に再興すべく、
幼少より学んだ武道、古神道、伝統医療を通し、
日本武道と東洋武術史大成した拳法と称された意拳
また日本古来から伝わる
大宇宙・大自然の摂理である古神道
そして伝統医療の考えから、
それぞれの核を集大成して創案した、
古に在った最も古くて、
そして現代に改めて再興する
新しい、氣の武道を伝えております。


以下の明光武道 深雪會グループを主宰して、
明光武道の氣のメソッドを
様々な形で伝承しながら活動しております。
どうぞよろしくお願いいたします。


・明光武道 深雪館 (めいこうぶどう みゆきかん)
http://miyukikan.com

・Qigong Fitness Studio チーゴン(氣功)フィットネススタジオ
http://qi-fitness.com

・SANDA CLUB Mz  サンダクラブエムズ(実践武道・格闘技道場)
http://sanda-club.com

・食制整体研究所 (代替療法による瞑想断食・食養運動合宿道場)
http://miyukikan.com/free/doujyousei

・著書「立つだけ!医者いらずの太もも力」 (運動、瞑想、正食の健康本)
https://books.rakuten.co.jp/rb/12653829/

 


まずは、氣について
どなたでも読みやすいよう簡略的にお話をしてから、
今回のテーマである瞑想について
少しお話していきたく思います。

皆さんは氣については、
どのような考えをお持ちでしょうか。

「怪しい」
「魔術」
「トリック」または
「暗示」
「催眠術」
などが頭に浮かんでくるのが、
現代科学やエビデンスを基に
考えることを植え付けられた(教育された)
現代人の一般的な感想ではないでしょうか。

もちろん、この新聞の読者の皆さんは
そうでないとは思っています。

事実、現代の氣についての事情は
まだまだ現代社会には浸透していないのが現状です。

またそのような状況を
今まで作り出してきた怪しい団体や、
いわゆる気功師、催眠術師や宗教教祖らが
多かったこともあるでしょう。
氣について現代人が真剣に向き合おうとしても、
それ避けてしまう状況下にあったと思います。
正直私自身も、元々5歳から
武道(日本拳法・総合武道で、自衛隊徒手格闘技や警察の逮捕術の原型となった実戦格闘技。プロ格闘家の出身者も多い激しい武道)を学んだ者として
氣は信じていなかった一人です。
もうちょっとツッこんで言うと、
武道を学んでいる以上、
氣の存在は信じたいが、
実戦の世界で戦ってきた私としては
それを実際に、リアルに使えたり、
感じることができないのであれば
それは師弟間などの暗示だと思っていましたし、
現実には理想形としてのみ残っている
と思っていたと言った方が正しいかもしれません。
実際、何人かの
いわゆる気功師の人とも交流しましたが、
何も起こりませんでしたし、
怪しさ満点だった経験も
それを確信させた要因でもあります。
 
ということで、今回は
”武道”という観点から
氣を考察してみたいと思います。

少し歴史に目を向けてみましょう。
日本では古来より
江戸時代頃までは氣の考え方や文化、
そして特に武道では、
氣の使い手である
達人(武道家)が存在していました。
例えば江戸時代の剣豪の一人で
柳生石舟斎もその一人です。

彼は、新陰流(兵法、剣術、武術)の開祖で
江戸幕府に指南役として
仕えて欲しいと請われたほどの人物。
かの徳川家康が自ら挑戦し、
真剣を手に試合を行いますが、
石舟斎は無手(素手)で立合い、
そのまま相手を制してしまいます。
これが世にいう「無刀取り」
と云われているものです。

まさしく、相手の氣を先に感じ取り、
太刀筋を見切って、
相手を制することで勝負を決っしたのです。

これは合氣武道(合氣道)の開祖・植芝盛平翁の、
戦場で鉄砲の玉(実弾)を避けた話にもつながります。
鉄砲の発射される間際に閃光が感じ取られ、
それを避けることで
実際には玉(実弾)を避ける事に繋がった
との実話があります。
この例をあげた達人たちは
まさしく氣を実際に使っていたといえるでしょう。
科学的には実証できない事象ですがね。
そもそも捏造の多い
科学的実験結果(データ)やエビデンス
どれだけの信憑性があるかも疑問ですが、
その話はまた別の機会に。
 
そんな達人たちがまだ存在した江戸時代から、
明治時代に移る歴史背景時に氣の考えは
意図的に廃れさせられていきます。
皆さんもよくご存知の
明治維新から起こる「文明開化」の運動です。

欧米より便利な科学文明が入ることと引き換えに、
日本、東洋独自の氣の文化は廃れていきます。
科学的に考えられないことは、
野蛮でまやかしと洗脳されていくのです。

さらには昭和に入って戦後GHQの介入により、
日本人には完全に氣の考え方を
取られてしまう教育を受けます。
身体の動かし方一つとっても、
西洋体育を強制的に学ばせられ、
日本独自の正中線を軸とした
身体の動き(和の操体法)を変えられてしまう
などの背景があります。
もちろん諸説ありますし文字数制限もあるので、
簡略に概論として書いています。
興味ある方はご自身で調べてもらったら、
面白いと思います。

そんな背景下、
現代では氣の考え方は前述の通り、
存在しないもの、
架空の考え、
科学的に存在しえないもの
となってしまいました。

怪しいものや団体も
意図的に増えていったのも助長し、
現代人の心から氣の存在はなくなっていったのです。
こうして本来存在した
日本古来の正しい氣の文化は
完全に廃れていった歴史的背景が存在します。

ではそもそも氣とは何か。
なかなか根本的に考える機会がなかったのではと思います。

改めて考えてみましょう。

確かに実際見えるものでもないですし、
いまだ現代科学では完全には実証されてません。

オーラが見えるとかいう
特殊な力の方もいらっしゃるようですが、
そういうオカルトティックの類は今回は横に置いといて、
見ることができないから、
科学的に実証できないから
氣は存在しないと考えてしまうのは
少し短絡的で浅はかではと思います。

科学という誰か(彼ら・支配層の人間たち)
が決めた小さい枠の中に入らないと、
それは虚偽、存在しないと考えることは、
今まで彼らに洗脳され続けてきた、
それこそ”科学教”の信者ではとも思います。
 
例えば幼い頃に、腹痛で苦しんでいた時に、
母親の手で撫でてもらうと
不思議と痛みが和らいだ経験はないですか。
それは安心感から副交感神経が優位にたった結果、
痛みが和らいだという声も聞こえそうですが、
それも含めて母親の愛情が氣というエネルギーとして
痛みのある邪氣エネルギーを追い出し、
癒したとも考えられます。

かの野球で有名な長嶋茂男氏が手にデッドボールを受け、
指がちぎれそうになったときに、
その指を抑えながら
「ちぎれるな!くっつけ!」
と強く念じたことで、
その後奇跡的に指は欠損せずに済んだ
との話があったと聞きます。

意念、想念は東洋武術ではほぼ同じ意味で
「氣」=「意念・想念」
と考えることから、
これは肉体は滅びかけても、
それを結ぶ氣の力で肉体を繋げ、
再生させたとも考えれる事実の一つです。

身近な例で話を進めてみましょう。

人が身体を動かす際、手を動かそうとした時は、
まず自分の心の意志で「手を動かす」と念じ、
そのエネルギーが心の中で
「言葉」となって現実の力となり、
その結果実際に手が動きます。

そう、心(魂)と身体(肉体)を結ぶのが
氣(意志想念の言葉)なのです。

言葉は氣であり、力の源なのです。

この大宇宙の森羅万象も、
大自然の生成化育も同様、
大宇宙、大自然の意志が力となり
日々動き続けているのです。

この源こそが神であると私は思うのです。

そもそも日本では氣の言葉は、
今でもあらゆる箇所に使うことがみられます。
空氣、電氣、氣合、氣があう、氣がのらない、
やる氣、根氣、氣が重いなど
挙げればきりがありません。
氣の存在を信じていない、
否定している現代人がどういう感覚で
この氣の字を含む言葉を使っているのでしょう。

元々日本には、
意図的に氣の文化を廃れさせられようとも、
日本人の遺伝子には
その文化がしっかりと受け継げられてきたのです。
それがこれらの氣の言葉の使用ともいえます。

日本では古来より
氣とは密接な環境下にいたのです。
ゆえに何も考えずに自然にこれらの言葉を話し、
その意味を感覚的に把握した上で使ってきたのです。

氣は明光武道では、
人が持つ根源的な力・生命エネルギーと考えます。

もう少し深く考えると、
この大宇宙、大自然に与えられた
人が持つ地力と考えています。

氣は目ではみることはできないですが、
いろいろな形で捉えることはできます。
目には見えないけども、
感じることはできるのです。

人がもつ感覚力、直感を持って
確かに感じることができます。

(ここで注意喚起しておきたいのが、氣を感じたいゆえに、自分に自己暗示をかけて感じていると思い込むことや、氣を感じないといけないような雰囲氣を作り出して行う団体・空間に身を置くことなどです。これは一種の宗教団体的な行為であり、催眠、暗示であって氣とは違います。少なくとも武道としては、敢えてリアルに感じてもらうためにそういった空間で行うことは氣とは考えません。そんな”勘違い”がおかしな氣の考えに向かってしまうのです。正しい氣を伝える意味では、本当に邪魔な行為でいい迷惑ですね。)

東洋医学の考えからでは、
氣はないと死んでることになります。
人は生きている限り
氣は人体の経絡上を巡っていると考えます。

つまり生命エネルギーが活動しているということです。
 
また一方で、
西洋科学では認められていないはずの氣は、
実は様々な形で研究されているのが実情です。
読者の皆さんでしたら例えば
「量子物理学」「波動」などの
言葉を聞いたことあるのではないでしょうか。
これも大意では氣です。

そんな中でもよく研究されているのが「瞑想」です。

字数の関係上、少し強引に瞑想へ繋げていきますねw。

 

次回につづく。

長かったでしょう笑。

字数制限がありまして。

次回につづきを載せますね。

 

今日はこの辺で。

 

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写真は古神道では、宇宙の主神なる神素戔嗚大神がおられる霊国・お月様。

 

 

運動と排泄の関係 〜歩くことで腸の蠕動運動を促す〜

今日は宿便の排出を促すお話をしましょう。

 

私は、師である井上先生から宿便と自律神経の関係について食病として勉強・研究させていただき、今もそれを引き継ぎ研究と、普及に努めています。

今までのブログでも、宿便についていくつかのテーマについて話しました。

今日は、排出を促す運動の一つについて話しましょう。

 

宿便の排出について、食から促す話は今までのブログでも話しましたが、実はさらに運動も宿便の排出を促します。だから、食だけではなく、運動も健康を保つ上では重要なんてす。

当道場のメソッドでも、三つの理念から運動の分野の重要さを話してますが、なかなか世間には、正しい健康のための運動がまだ根づかないですね〜。

 

で、まずは始めやすい運動を紹介したいと思いますが、その一つが、歩くこと・ウォーキングです。

歩くことで、腸の蠕動・分節運動を促し、つまりは宿便が排出されるのを促すのです。

 

さらに歩くことや、心拍数が90〜100以下のゆっくりとした運動強度では、脳の大脳辺縁系、つまり海馬への刺激が高まることが、筑波大の征矢教授の研究からも証明されてます。(写真の図参照)

つまりは、第二の心臓である下半身への、ゆっくりとした運動を継続することで、脳への刺激が高まると考えてもいいでしょう。

 

このように運動は、健康やアンチエイジング、長寿には大事な要素なんですね。

例えば毎日、エスカレーターではなく階段使ってますか?車ばかり乗ってないですか?

できうる範囲で、運動を生活に取り入れていきましょう。

 

ただし!、身体に負担ある運動は、逆に老化を促させるし、免疫を下げることにもなります。

現代では、一般的に運動といったら頭に浮かべる手軽さからも、ランニングですね。もちろん、その強度・激しさにもよりますが、屁理屈は置いといて、そういう激しい運動は活性酸素を多分に発生させ、また心臓に負担をかけ続ける、そして、また体温が上がりすぎることで各細胞の細胞質が死滅してしまう恐れがあります。卒倒したりするのは、それが原因の一つです。しかも、達成感から来る脳内ホルモンの影響で、過剰に運動を続けてしまいます。特に素人のランには危険性の可能性がありますね。過剰な運動は、本当に推奨しません。

 

ということで推奨する運動は、まずは歩くことです。

では、天候など含めてそれができない場合はどうするのか!

我々道場で伝えています、立つ瞑想法・武禅(源流は站椿)が特にいいでしょう!その理は…    次回に続く笑。

 

今日はこの辺で。

 

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写真は筑波大学 征矢教授のエビデンスを図・表にしたもの。私の講演でもよく使う資料です。

見たことがある方もいるのでは?

日本拳法回顧録10 〜三段戦の結末は❗️〜

久しぶりに日本拳法の話を。

 

今回は、前回の続きで三段戦の結果を話しましょう。

三段戦の試合で、最後の一人を抜くかどうかで

三段取得できるかどうかが決定します。

既に二人連続で勝ち抜いてるので、さすがに疲労してますが、アドレナリンよろしく自分を奮い立たせて最後の三人目を迎えます。

相手は社会人のゴッツイ系の選手でした。

 

いざ、試合開始。

蹲踞から拳を床に置く儀式から、立ち上がろうとすると、下半身が笑ってます。

ん?疲れてる?あかん、囚われたらあかん!

とにかく今日勝つぞ!と、心に強く想い試合に臨みました。

三段戦くらいのレベルになると、だいたい相手と見合わせて立った時点で、勝てるとか、噛み合うとかの直感的なものを感じます。

その時、私は勝つと確信できる何かを感じました。だからこそ、慢心せず油断せず確実に大事に進めようと心を締め直しました。これは今でも覚えてます。

その功もあつてか、完全に自分のペースで試合を進めれて、自分の得意技である相手を誘って打たせて、それを捌きながら同時に、降ろし氣味のカウンターを打ち込み、突き面一本を先取しました。

見事なカウンターの突きだったと今でも自画自賛してます。笑

そうすると頭に三段取得できるという欲がよぎります笑。これが、試合勘を鈍らせます。

決め手なく、二本目がなかなか決しないまま、時間が過ぎていきます。試合時間残り30秒となると、あと少し!という審判団の掛け声の合図が入ります。

そこで、思わず守りに入ろうとした自分と、最後に一本決めたろうとする自分が葛藤しながら、試合を続けます。戦いって、こんなことを瞬時に考えながら闘ってます。最後は、自分との闘いなんです。

なにせ、ここで氣を赦して一本取られると、試合は引き分けとなり、三段取得は水の泡となります。

そんな心の闘いのなか、相手も負けじと必死に攻めてくるのを、試合の流れを術のごとく進めながら、とにかく悔いのないよう試合を支配しました。その結果、時間切れとなり、最終的に私は1-0で優勢勝ちとなりました。

 

そう!見事三段戦を三人連続勝ち抜いて、三段免除を取得したのです!しかも、当時は前人未到の記録となる、高校生でわずか17歳と5ヶ月ちょいの(私は早生れなので)少年が三段を取得したのです!

今でも、ようやったなと思います。受験シーズン真っ只中にね笑。勉強せ〜よ笑。ま、昔からアウトサイダー的やったんでね笑。

しかも、高校生では三段取得したのは、その年は私と、かつて戦った兼平選手の2人だけ。

そう、彼には龍峰杯で勝っていた私は、実質高校日本一の座につけたのです。全国大会のリベンジを実質的に果たした私は、そこでやっと高校拳法時代に悔いなく納得して、改めて受験勉強に励むため、しばらく拳法活動を控えだしたのでした。

 

ちなみに、この結果を試合場で見た大阪市立大学 日本拳法部の当時監督D教授から、所属道場の近藤寿一師範を通して、試合場で直接推薦スカウトされたのを始め、後には同志社大立命館大など有名大含む約十カ所ほどの大学から推薦入学のオファーを受けました。その時、隣にいた試合前で緊張してた親友の笹川も、さすがに笑ってました。北野高校にいたこともあったと思いますが、光栄でしたし、誇らしかったですね。

 

実は、これには番外編があって

甘酸っぱい青春ストーリーが付いてます。

それはまたの機会に笑。

 

今日はこの辺で。

 

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これは月刊秘伝に、私の特集のときに掲載されたもので、まさしく三段戦の試合中の写真です。笑

食制整体アカデミー便り 〜添加物の真実〜

皆さんは、食の安全性にどれだけ氣をつけてますか?

自分や大事な家族、人の口に入る食べ物。

血肉となり、心身を創る元となる食べ物。

現代社会の深刻に考えなければならない事柄です。

 

今回は、皆さんに知ってもらいたい記事を抜粋しました。安部 司さんのリアルストーリーであるミートボールの食品添加物の件について、お話しましょう。有名な話ですね。以下抜粋

 

◎ミートボールの食品添加物

その日は、長女の3回目の誕生日でした。
当時の私は、絵に描いたようなモーレツサラリーマン。
午前様が当たり前で、家で食事をすることもめったになく、だからこそ娘の誕生日ぐらいは、
日頃の埋め合わせをしなければと仕事を早々と切り上げて帰宅しました。
食卓には妻が用意したご馳走が、所狭しと並んでいます。
そのなかに、ミートボールの皿がありました。
可愛らしいミッキーマウスの楊枝がささったそれを、何気なく口に放り込んだ瞬間、私は凍
りつきました。
それはほかならぬ、私か開発したミートボールだったのです。

私は添加物ならほぼすべて、食品に混じりこんでいるものでも100種類ほどを舌で見分ける
ことができます。

いわば、

「添加物の味きき」
「添加物のソムリエ」

と言ったところでしょうか。

(ただ、ワインのソムリエと違い、あんまりなりたいという人はいないでしょうけど……)

コンビニの弁当など食べるときも、

「このハムはちょっと『リン酸塩』が強すぎるな」

「どうしてこんなに『グリシン』を使わなくてはいけないんだ」

などと、
ついつい「採点」をしてしまうくらいです。
そのミートボールは、たしかに私が投入した

化学調味料
「結着剤」
「乳化剤」

の味がしました。

「これどうした? 買ったのか? ××のものか? 袋見せて」

慌てて訊くと、妻はこともなげに

「ええ、そうよ。××食品のよ」

と答え、袋を出してきました。

間違いありません。
自分の開発した商品でありながら、うかつにもミッキーマウスの楊枝と、妻がひと手間かけて、
からめたソースのために一見わからなかったのです。

「このミートボール、安いし、○○(娘の名前)が好きだからよく買うのよ。これを出すと
子どもたち、取り合いになるのよ」

見れば娘も息子たちも、実においしそうにそのミートボールを頬張っています。

「ちょ、ちょ、ちょっと、待て待て!」

私は慌ててミートボールの皿を両手で覆いました。
父親の慌てぶりに家族は皆きょとんとしていました。

「パパ、なんでそのミートボール、食べちゃいけないの?」

ミートボールの製造経緯に思いをはせていた私は、子どもたちの無邪気な声にはっと我に返り
ました。

「とにかくこれは食べちゃダメ、食べたらいかん!」

皿を取り上げ、説明にもならない説明をしながら、胸がつぶれる思いでした。
ドロドロのクズ肉に、添加物をじゃぶじゃぶ投入してつくったミートボールを、
わが子が大喜びで食べていたという現実。

「ポリリン酸ナトリウム」
グリセリン脂肪酸エステル」
「リン酸カルシウム」
「赤色3号」
「赤色102号」
ソルビン酸
「カラメル色素」…。

それらを、
愛する子どもたちが平気で摂取していたという現実。

このミートボールは、それまでの私にとって誇りでした。
本来なら使い道がなく廃棄されるようなものが食品として生きるのですから環境にもやさしいし、
1円でも安いものを求める主婦にとっては、救いの神だとさえ思っていました。
私が使った添加物は、国が認可したものばかりですから食品産業の発展にも役立っているという
自負もありました。

しかし!

今はっきりわかったのは、このミートボールは自分の子どもたちには食べてほしくないものだった!
ということです。

そうだ、自分も、自分の家族も消費者だったのだ。

いままで自分は「つくる側」「売る側」の認識しかなかったけれども自分は「買う側」の人間でも
あるのだ。いまさらながらそう気づいたのです。

その夜、私は一睡もできませんでした。 
添加物のセールスこそが自分の生涯の仕事と決め、日本一の添加物屋になってみせると意気込んで
ここまでやってきた。添加物で日本の新しい食文化を築こうと本気で考えていた。

しかし自分の「生涯の仕事」は、何かがおかしい。
なんのためらいもなく、添加物を売りさばくことしかなかった自分。
営業成績が上がることをゲームのように楽しんでいた自分。
職人の魂を売らせることに得意になっていた自分……。

例えは、適切ではないかもしれないが、軍事産業と同じだと思いました。
人を殺傷する武器を売って懐を肥やすあの「死の商人」たちと「同じ穴のむじな」ではないか。
このままでは畳の上では死ねない……そう思いました。

 

出典:食品の裏側 みんな大好きな食品添加物 安部司 著

 

私も農学部出身で、某物産グループの有機資材メーカー営業部として、農作物や食品の裏側を見てきました。事実は恐ろしい現実です。

有名企業や、まさかそんなことしないだろうと思ってる所ほど、恐ろしい裏があります。

人のことを考えて活動してるように宣伝してて、実は利益しか興味はありません。また、それを正当化する洗脳された人々がいるのが、現代の背景です。目を覚ましましょ!

 

CMなどでご存知のヤマザ⭕️パンなどは、社長が自分の家族には自社パンを食べさせないことは、今ではもう有名でしょう。

 

食の選択は、あなたの人生の選択と同じ重要な選択です。

顔の見える、信頼できる所から、自分の責任のもと購入するようにしましょう。

何回も言いますが、自分や、大事な家族、大事な人たちの口に入るものですよ。しっかりと選んで!

 

今日はこの辺で。

 

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外食でも、出来うる範囲で選択してみましょう。素材、調理方法などね。そして、堂々と食を楽しみましょう!

【お知らせ・NEW】瞑想道場オープン!

令和元年の夏(7月予定)より、瞑想道場が東京は表参道ほか、にてオープンすることが決定しました。

新時代を迎えた今、瞑想はじめませんか。

毎週土曜の夜に、週末リセットして自分を見つめ直し、自分軸を創る。そうして快活に人生を歩みませんか!

海外ではずっと注目され、実践されてきた瞑想。
かのスティーブ・ジョブズや、Googleでも社員教育の一環として行われてるなど、現代人には必需メソッドとなってきています。
そして、今日本でも、その効果が認められる徐々に広まりつつあります。
この春から本格的に瞑想に取り組んでみませんか。
自分を見つめ直し、リセットする。そして、本当の自分を知って、本当の自分自身で毎日を充実させて進んでいく。
この瞑想道場は、誰もが参加できる、宗教的な色のない、純粋に自分を高めるためのメソッドとしての、明光武道式瞑想法をお伝えします。

まずは、事務局info”miyukikan.comへご連絡下さい。

 

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運動と脳の密接な関係 〜エビデンスから〜

「運動によって脳の認知機能が高まることが最近の研究で分かってきました。つまり、持久力と認知機能には相関関係があるということです」

これまでにも、2017年5月“運動時の脳にとってグリコーゲン由来の乳酸が重要なエネルギー源となっていること”を世界で初めて明らかにするなど、知られていなかった脳のメカニズムに関する研究結果を次々に発表してきた。

 

「体も脳も、それぞれ機能を最大限引き出すには、栄養と休養(睡眠)、そして運動がとても大切なんです」


大量のエネルギーを消費する脳の代謝カニズム
「脳は実に大食漢なんです。小脳には神経細胞(ニューロン)が1000億以上もあり、しかも1個の神経細胞は他の神経細胞と結び付いています。解剖学的な所見では、1個の神経細胞は1000個とつながっている、といわれています。1000億の神経細胞がそれぞれ1000個と交信するのですから、コネクション数は100兆。

この活動には当然エネルギーを使うわけです。

脳が通常エネルギー源にしているのはブドウ糖(グルコース)であることはよく知られていますが、大食漢なのですぐに足りなくなってしまう。脳の栄養が足りなくなると、ボーッとしてきて注意力が散漫になります。そんなとき、甘いものを補給すると頭がスッキリしますよね? 他にもカフェイン、意外かもしれませんがタバコに含まれるニコチンやアルコールにも脳を興奮させたり、刺激する作用があります。

私たちが当たり前のように行ってきた習慣は、体だけでなく“脳を活性化するため”の行為だったというわけだ。しかし、長時間運動などによる疲労ブドウ糖が決定的に足りなくなってしまったら、脳は次に何を栄養源にするのだろうか?

ブドウ糖がなくなっても、すぐに脳が死ぬことはありません。代わりに脳内に貯蔵される糖のエネルギーであるグリコーゲンから作られる乳酸を栄養にするからです。昨年発表した論文は、激しい運動中に脳神経がグリコーゲン由来の乳酸をいかにしてエネルギー源にしているか──、その仕組みを世界で初めて解明したものなんですね。ちなみに、脂肪の燃えかすといわれるケトン体も乳酸と同様に神経で利用されています。

そして面白いことに、筋肉内のグリコーゲンは枯渇するまで使ってしまうのですが、脳内のグリコーゲンはいくら疲労しても使い切らないようにできています。消費はするものの、減った分を急速に回復させるべく補給する。脳の細胞にとって、栄養が枯渇することは、つまり死んでしまうことを意味するので、何重にもプロテクションがかかっているのだろうと考えられます」

筑波大学体育系 運動生化学・神経化学 ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)センター長 征矢英昭教授

 

 

運動と脳の関係については、講演やブログなどでも触れてきた内容です。

上の抜粋記事は、エビデンスとしてよく利用させてもらってる筑波大の征矢教授の実証論です。

 

明光武道の源流の一つである東洋武術で大成した拳法と謳われた意拳でも、その基礎鍛錬法として行う站椿(武禅・立つ瞑想鍛錬法)では、瞑想を行いながら、下半身の筋肉をゆっくりとかつ徹底的に鍛えます。ですが、それが脳の活性化を齎すのです。もちろん、立ち続けながら、瞑想しながらの鍛錬となるので、アイソメトリック(静的)運動となる武禅は、運動としてのメリットと、瞑想としてのメリットを同時に実践できる画期的なメソッドといえるでしょう。

これは、実際にやってみないと、その凄さはわからないかと思います。正しくね。笑

 

站椿は、東洋の武術ではいろいろな形で伝えられてますが、直接に氣を練る武禅は、少し立ち方などに秘密があります。これは古の氣の考えを基に口伝・体伝で伝えていきます。

そもそも秘伝とか秘伝書巻物などいいますが、見たり、言ったところでわからんし、もっと言えば、その秘密を手に入れたところで、まず、できない。できなければただの理論なだけで、絵に描いた餅をどうのこうの言ってるみたいなもんなんです。笑

ここ、言ってることわかるかな〜。

 

まぁ、ともかくもいつも言ってますが、エビデンスがしっかりと存在するメソッドとして、このアイソメトリック運動である武禅は、まさに武医同術であるメソッドです。

 

当道場は、理屈やオタクよりも、実践できる人を育てたい、応援したいと思っています。

だから、しのごの言わずに、黙々と修練するのが一番です。

 

今日はこの辺で。

 

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これは以前に雑誌の取材での記事の一部。

下半身を徹底的に鍛えることは、武道的にも、そして医学的ににも大変必要性が高いのです。